●サミュエル・マオズ監督『運命は踊る』(イスラエル・ドイツ・フランス・スイス、2017年)。
イスラエルの作家マオズ監督の作品を観たのはこれが初めてである。20・21世紀現代世界の重要問題を、ギリシャの古典悲劇のような普遍的な不条理の形式におさめつつ、その不条理を解決しようとしないイスラエルを鋭く撃った高硬度の作品。
ここでいう「不条理」とは、パレスチナ‐イスラエル戦争のことである。戦争の虚しさ、耐え難い退屈、無意味さ、言い知れぬ恐怖――それらは戦場だけではなく、日常生活の細部のひだまで浸透し、イスラエル社会とそこで暮らす人びとの極めて私的な親密圏に巣くい、人びとをゆっくりとむしばんでいる。
しかし、世界各地の戦場から遠く離れているかにみえる日本社会も、そこで生きる私たちも、この不条理感に冒され、慣れ親しんでいるのではないか。横柄で鈍感、攻撃的で不寛容、説明なしに既成事実を積み上げる、都合の悪いことはなかったことにする政治文化の汚染の中で、自分たちが狂っていくことにも無自覚になりつつある悪夢を観ているかのようにこの映画を観た。長くつきまとう佳作である。
インタビューで、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した前作『レバノン』から8年も間が空いたことを問われたマオズ監督が次のように(当然にも苛立って)答えているのもいい。「かかったのは3年です。というのも他のこともしていますから。私は本を書き、絵を描き、子育てと、常にひとつ以上のことをしています。映画だけを作っている訳ではありませんので」。2017年の第74回ヴェネチア国際映画祭審査員グランプリを受賞。
(2018年10月18日新宿武蔵野館にて鑑賞)